園芸療法士教育育成システム開発にむけて

東京大学大学院農学生命科学研究科 大森宏

 

1.はじめに

園芸療法(horticultural therapy)は第2次大戦後,兵士のリハビリテーション等を通して欧米で発達してきた.日本でも90年代から身体障害者,精神障害者,高齢者等の生活の質(QOL, Quality Of Life)やセルフエスティーム( self-esteem,自尊感情)を向上させる手段として注目されてきていている.しかしながら,園芸療法の具体的ノウハウがわからないことや園芸療法を行う人員・時間等の不足などから,介護施設等で園芸療法が普及しているとはいいがたい.そこで,本研究は,園芸療法育成の具体的プログラムを確立し,このノウハウの効果を数値的に評価する方法の研究を行って,園芸療法士育成研究の一里塚を築き,あわせて園芸療法の普及に貢献することをめざした.

本研究では,介護施設に居住する20名程度の高齢者をクライアント(被験者)とした園芸療法計画を園芸療法家の児玉らが立案した.ボランティアを専修学校の学生や一般の人々から募り,32名のボランティアの協力をえて,平成1510月から11月にかけて8回の園芸療法プログラムを行った.

 園芸療法を行った前後に,老年者や痴呆患者の日常生活動作能力を評価テストや気分の状態を計測するテストを東海大学医学部精神科学の矢野らが行い,園芸療法の効果を数値的に計測した.一方,園芸療法は,クライアントとボランティアとのある期間継続した人間関係により成立する療法であるので,クライアントばかりでなくボランティアにも何らかの効果を及ぼすと考えられる.園芸療法を行った前後で,宇都宮大学農学部の山根がボランティアの心理状態の数値的計測を行った.園芸療法のボランティアに対する効果の計測を試みたのは本研究がはじめてではないかと思う.

 詳細はそれぞれの担当者の報告にゆずるが,本研究が園芸療法士教育育成システム開発にむけてどのような位置付けにあるか,筆者の専門の生物測定学・統計学の立場から述べてみたい.

 

2.園芸療法プログラム

2-1.概要

高齢者や痴呆患者に対する園芸療法の効果として,当研究会の児玉らの実践グループは,精神面(生きがいや達成感,集中力など9項目),知能面(認知機能や物事に対する関心など5項目),社会性(コミュニケーション能力など3項目),身体機能(異常行動の軽減など3項目)の合わせて21項目が期待できると考えた.8回の園芸療法の実施計画にあたっては,これらの効果が十分発揮されるように,1)クライアントの心身の状態が把握でき,2)クライアントが興味をもて,3)コミュニケーションを促し,4)クライアントの五感を刺激する内容になるよう心がけた.

このプログラムでは7名程度のクライアントを1つのグループとし,グループごとに園芸療法の実務家1人をリーダーとして配置した.クライアント11人に園芸療法の介助者としてボランティアをあてた.そのさい園芸療法家は,ボランティアに対し,なるべくクライアントを手伝わず,クライアントが自力で作業させるように指導した.8回の園芸療法プログラムでは,グループ間の交流はなく,クライアントにあてるボランティアをなるべく固定し,クライアントとボランティアとの関係がより緊密になるようにした.

活動ではまずA3サイズのパネルを用い,その時に用いる草花の簡単な紹介やクイズを行い,クライアントの興味を持たせるようにした.あわせてボランティアには活動前の打ち合わせ時に,用いる植物に関するトピックを記載した冊子を渡し,植物に対する関心や知識を高めてもらった.1回の活動時間は1時間〜1時間半であるが,開始前の打ち合わせや準備等に1時間30分,活動後の評価等に1時間程度の時間をかけた.園芸療法リーダーとボランティア間での意思の疎通が十分図れるようなプログラム構成になっている.活動後の評価は,様式-1の作業記録,様式-2の作業中の様子に関する項目ごとの5段階評価と欄外での自由記載であった.また,8回の全活動が終了した後,様式-3のクライアントの変化に園芸療法活動全体を振り返った評価を行った.

2-2.ノウハウの確立

 本研究で行った園芸療法プログラムの記述は,作業内容がひとつひとつの動作に細分化してあるので,マニュアルとしてこのまま利用できる.8回の活動全体として,継続して行う作業と新規の作業が混ざっていてあきのこない内容になっている.また,ボランティアに配布した冊子はかなり好評であり,このような心づかいも重要であろう.

 毎回の活動後の評価は,児玉の報告に記載されているように,療法実施時のクライアントの体調や対応するボランティアの変更等の外部要因で大きく左右されるので,数値の変化を単純に眺めるだけでは園芸療法の効果の計測はできないといえる.このため,全活動終了後に行った様式-3の評価で,評価項目ごとに効果の有無の判定を行った.この活動後の評価を行うときに,毎回の活動後の様式-1と様式-2の記載が参考になった.全体的な評価を行うには,毎回評価を記録しておくのが重要である.

また,クライアントとボランティアの関係を固定することは,継時的なクライアントの変化をみるにはよいと考えられる.活動を行ったボランティアも,8回という期間であれば固定した関係がよいとの感想が多く寄せられた.なお活動時間の長さや活動内容に関しては,ほとんどのボランティアが負担に感じないと回答しており,今回のプログラムはボランティアにとっても無理のない内容であったといえる.一方,クライアントの集中力の持続や疲れない時間は1時間程度が限度で,1回の活動内容は少し多すぎて余裕があまりなかったという感想もあり,クライアントの障害の程度によってはもう少し内容を減らした方がよいかも知れない.

療法プログラムが8回の2ヶ月にわたることに関しては,植付けから収穫という一連の流れを行うには,この程度の期間がかかる.また,ボランティアのアンケートでも,最初のうちは,クライアントとの関係をどのように構築したらよいかとまどい,慣れるには4-5回の経験が必要であったとの回答や,後半やっと落ち着いて作業できるようになったとの回答が多く寄せられていたことなどを考慮すると,期間設定は適当であったと考えられる.

今回行った園芸療法プログラムを園芸療法士育成の教育現場で適用する場合,ボランティアが行った活動を学生が行う授業内容とすると考えられる.学生はボランティアとは異なり,介護に対するモーチィベーションがまだそれほど高くないので,あまり過度な負担を強いるのは得策ではないと思われる.学生2人1組のチームを作り,1人がボランティアの役を受け持って1人のクライアントを介護し,もう1人は学生とクライアントの関係を観察して介護の様子の評価を行い,次のプログラムでは学生の役割を交代するといった方式が考えられる.このように,相互に相手の介護を評価して介護スキルを高めていくのがよいであろう.そして,ある程度経験をつんだ上級生が1人のクライアントを1人で介護するようにすれば,今回の実施プログラムはそのまま園芸療法士育成カリキュラムとして利用できると考えられる.

2-3.実施グループによる効果の評価

 様式-3の評価をもとにグループリーダーが中心になり,介護施設スタッフとも相談しながらクライアントごとに園芸療法の効果の程度を判断した.クライアントを痴呆の有無でわけ,さらに痴呆の無いグループを手足の機能障害の有無で分け評価を行った.これは,グループごとに園芸療法の目的が多少異なるからであった.

 痴呆無・機能障害無のグループ1(5)では,生きがいの項目ですべてのクライアントに効果があると判断したが,他の達成感,興味,コミュニケーションという目的に関してはクライアントごとで効果の認められた項目が異なっていた.

 痴呆無・機能障害有のグループ2(7)では,生きがい,達成感,コミュニケーション,身体機能のすべての目的で,すべてのクライアントで効果があると判断した.顕著な効果があると判断したクリアントや項目もあり,特に,達成感はほとんどのクライアントで顕著な効果があると判断した.これは,手足の機能障害により意欲の低下,自信喪失がみられたクライアントが,興味を持たせ自力で作業を行わせる園芸療法プログラムにより,自信が回復したためであろうと考察した.

 痴呆有・機能障害有のグループ3(8)において,生きがいの項目では痴呆の程度が軽いクライアントで効果があると判断した.コミュニケーションや身体機能ではほとんどすべてのクライアントに効果がありと判断し,一部のクライアントには大きな効果があったと判断した.

 

3.園芸療法の効果の数値計測

3-1.検査の概要

 園芸療法を実施した専門家による効果の判断を補強するため,第3者による数値的・客観的な効果の計測を行うことには大きな意味がある.本研究では,痴呆診断に用いられる MSE(Mental State Examination,心理機能検査)CDT(Clock Drawing Test,時計描画テスト)と老年者や痴呆患者の日常生活の遂行能力を測るNMスケール(N式老年者精神状態評価尺度)N-ADL(N式老年者日常生活動作能力評価尺度),および,気分の状態(抑うつ,活気のなさ,怒り,疲労,緊張,混乱)を計測するPOMS(Profile Of Mood State),自己記入式QOL質問表QUIKを用いた.これらの調査を園芸療法の前後でクライアントに対して行い,効果の数値的計測を行った.MSE(30点満点)CDT(10点満点)NMスケール(50点満点)N-ADL(50点満点)は点数が高いほど日常生活に適応しており,POMSQUIKは点数が低いほど心理的ストレスが低いとされている.

3-2.結果

 表1の痴呆の程度を計測したMSECDTでは痴呆改善効果の有無がクライアントによりまちまちであり,園芸療法が痴呆症状を直接改善させたとはいえない.しかしながら,NMスケールやN-ADLではほとんどすべてのクライアントに対して効果があったと認められ,園芸療法が老年者や痴呆患者の日常生活の向上に寄与することが示された.ただし,c36のクライアントのデータがNMスケールとN-ADLで大きく異なっているので記録のミスがあるかもしれない.

 一方,表2の心理ストレスの効果をみると,だいたい心理ストレスが減少する傾向が認められるが,一部のクライアント(c03c33)では大きくストレスが増加した.これは,一部のクライアントにおいて抑うつの増加(c03c13)や疲労の増加(c21c33),混乱の増加(c33)がみられたことによる.クライアントc03は,園芸療法の実施時間と入浴時間とが重なったため療法プログラムに参加できなかったり,遅れて参加することが多かったことや,対応するボランティアがしばしば変更されたことなどがストレスとなったのかも知れない.c13は寂しがりやの傾向があり,療法プログラムが終了してボランティアの方との交流が終わってしまうのがストレスとなったものと推察される.c21は右手が不自由であったので,療法では右手をなるべく使用するように指導していたが,几帳面な性格であったのでがんばりすぎて疲れすぎたのかもしれない.c33は痴呆や視力低下,身体機能の低下がかなり進んでいて,作業中もウトウトすることがあり,療法プログラムのすべてを行ってもらうのは負担が大きすぎたようであった.

 また,手足に機能障害のあるグループ2(痴呆無)とグループ3(痴呆有)では活気のなさが改善されており,生きがいや達成感が満たされたという実施グループによる評価を裏付けている.

 

4.ボランティアに対する効果

4-1.調査の概要

 園芸療法は,クライアントとボランティアとの双方向的な関わりにより成立するので,ボランティアにも療法により何らかの心理的・教育的効果を及ぼすものと考えられる.これを計測するため,療法プログラムの1回目,5回目,8回目の開始前にボランティアのQOL,自我状態,日常の園芸活動等の調査を行った.QOLの計測は,SF36を用いた.これは,医療アウトカム評価のために開発された36の質問からなる調査法で,「身体機能」,「日常役割機能(身体)」,「体の痛み」,「全体的健康感」,「活力」,「社会生活機能」,「日常役割機能(精神)」,「心の健康」の8つのQOL尺度を計測する.自我状態は,東大式エゴグラムを用いた.エゴグラムは,「批判的な親の自我状態」,「養育的な親の自我状態」,「大人の自我状態」,「自由な子供」,「順応した子供」の5つの自我状態の強弱を計測するものである.

4-2.結果

 療法プログラムの8回目の調査結果から1回目で行った結果を引き,QOLや自我状態の変化をみたものが表3である.これをみると,だいたいのボランティアはそれほど変化が認められなかったが,一部のボランティアでは大きな変化がみられた.理由は現在のところ不明である.ボランティアの個人的・特殊な要因によると思われる.

 2ヶ月程度のボランティア活動で,通常の社会生活が営めるボランティアのQOLや自我状態が大きく変化することはあまり考えられない.1年程度の長期にわたる活動を行えば,何らかの変化が検出できるかも知れない.また,不登校児や引きこもりなどの社会的不適応な人をボランティアとして活動に参加させれば,大きな影響が検出できるかも知れない.

 

5.総合考察

 今回の研究は,園芸療法士育成の教育システムの開発をめざしたものであった.教育プログラムとしてのノウハウは,本研究により大筋確立されたと考えられる.しかしながら,クライアントが疲れすぎないように細心の注意が必要であることも示された.また,プログラムにボランティアやクライアントが慣れるのには1ヶ月(4)程度の活動が必要であることもわかった.

今回の園芸療法プログラムのクライアントに対する直接的効果として,生きがいや達成感,日常生活能力の向上などがあると認められた.しかしながら,痴呆症状の改善まではいたらなかった.これは,療法を行った期間が2ヶ月という短期間であったためではないかと推察される.1年程度の長期にわたるプログラムを実施する必要があろう.

ボランティアに対する効果の計測では,QOLを改善するなどの肯定的な効果は認められなかった.これも長期にわたる活動での調査が必要であろう.園芸療法の教育的効果を計るには,小中学校や高等学校の児童・生徒のボランティア活動や,社会的不適応児への適応などを試みる方法も考えられる.

 

6.おわりに

 本研究は,園芸療法家,介護施設スタッフ,東海大学・宇都宮大学の教官,日本ガーデンデザイン専門学校スタッフなどの多くの方々による有形無形の尽力と協力によりなしえたものであります.私もオブザーバーとして関わらせていただき感謝しております.最後に,お忙しい中,私たちの研究に賛同し協力してくださったクライアントやボランティアの方々に厚く御礼申し上げます.