ミクロの生物「珪藻」から川の環境を見つめてみよう
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珪藻研究の歴史
7-4. 殻形成の研究

7-4-1. 始まりはポリカーボネイトの培養器の出現!


 珪素の細胞内への取り込みの研究は、それほどたやすいことではありませんでした。それは、昔は培養器がガラス製のものしかなく、そこから培地中に珪酸が溶け出してしまうためでした。第2次大戦後、珪素を含まないポリカーボネイト製の培養器が考案されて初めて実験が可能になったのです。まず、リューウィン(J.C.Lewin)が、1954年に珪酸代謝の研究に手をつけ始め、続いてヴォルカニー(B.E.Volcani)、コームス(J.Coombs)といったアメリカの研究者が、生理生化学的立場からバイオミネラリゼーションの問題に手をつけました。

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7-4-2. 1960年代


 珪藻殻の形成は細胞分裂において、核分裂の次に生じます。細胞中で起こる珪酸沈着の観察は1964年にライマン(B.E.F.Reimann)によって初めてなされました。彼は培養した海産珪藻シリンドロテカ・フシフォルミス(Cylindrotheca fusiformis)の超薄切片を透過型電顕を用いて観察し、その結果、珪素沈着は分裂面中央で娘細胞の細胞膜のすぐ内側に接して、細胞膜とは別の膜に包まれて始まることがわかりました。この膜は後にシリカレンマ(silicalemma)、またこの膜が作る小胞は珪素沈着胞(silica deposition vesicle)と呼ばれるようになりました。

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7-4-3. 1970年代


 1970年代に入りカリフォルニアのヴォルカニーの研究チームはコームス(J.Cooms)、アザム(F.Azam)、サリバン(C.W.Sullivan)といったスタッフを抱え、多くの成果を発表するようになりました。珪酸が体外から、いつ、どのように、どれくらい細胞内へ取り込まれたか、また細胞内から体外へ流出する珪素はあるのかといったことを研究するにはアイソトープをトレーサーとして用いるのが最も便利です。研究の初期には放射性同位元素31Siが使われましたが、これは半減期が156分と短くて扱いにくく、実験には不向きでした。

 ところが1974年にゲルマニウムの同位元素よりなる68Ge(OH)<※S>4がSi(OH)<※S>4のトレーサーとして使えることが判明し、これにより研究がたいへんやり易くなったのです。ゲルマニウムは周期率表で見ると珪素の1段下にある元素であります。これを培地に小量与えると珪藻が珪素と間違えて体内に取り込んでしまうのです。

 研究内容は酵素の特性等に関するもの、細胞周期における珪酸輸送に関するもの、DNA合成との関係、タンパク質合成との関係など多方面に渡っています。中でも、DNAポリメラーゼの合成に珪酸が影響を与えているという1978年のオキタ(T.W.Okita)とヴォルカニーの報文は、珪藻は珪酸を殻形成のためだけに必要とする生物ではなく、細胞が生きていくために絶対的に必要とする生物であるということを示しているため大変注目されました。

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7-4-4. 分類は侮れませんね


 輝かしい実績を挙げたヴォルカニー一派ですが、ちょっとしたミスもおかしていたのです。それは、一派がよく用いた種類はシリンドロテカ・フシフォルミス(Cylindrotheca fusiformis)とナヴィクラ・ペリクローサ(Navicula pelliculosa)だったのですが、後者は実は違う種の珪藻だったのです。1980年代になって、彼らは誤りに気付きナヴィクラ・サプロフィラ(Navicula saprphila)と訂正したのですが、残念なことにこれも同定違いで本当はナヴィクラ・アトムス(Navicula atomus)が正しい同定なのです。ところが、1987年になりこの種名はドイツのランゲ・バータロットLange-Bertalot)により他属に移し替えられマヤミヤ・アトムス(Mayamaea atomus)となり、事はいっそうややこしくなってしまいました。生理学や生化学の論文では、用いた種の写真を載せていないものも多くみうけられます。しかし、幸いにも彼らの論文には詳細な写真が何枚も載っていたため、後から分類の専門家がそれを指摘することができたわけなのです。

  チャッピーノ(M.L.Chiappino)とヴォルカニーは、1977年、この種類(Navicula atomusすなわちMayamaea atomus)を用いて殻の形成過程(殻の個体発生と呼ぶ場合もあります)を観察しています。この論文は形成中の殻の全体像を順番に示したもので、珪藻の殻における個体発生(valve ontogeny)と系統を結び付ける際の重要な参考資料となっています。

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7-4-5. 1980年代


 1980年代になるとイギリスのクラウフォード(R.M.Crawford)、オーストリアのシュミット(A.-M.Schmid)そしてアメリカのピケットヒープス(J.D.Pickett-Heaps)、リー(C.-W.Li)らが詳細な電顕観察により様々な属における殻の形態形成を研究しました。現在ピケットヒープスはオーストラリアのメルボルン大に移り、リーは郷里の台湾へ戻っています。またクラウフォードはイギリスからドイツのアルフレッド・ウェゲナー研究所に赴任しました。

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