ミクロの生物「珪藻」から川の環境を見つめてみよう
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採集と観察
8-2. 被殻のクリーニング方法

被殻を明瞭に観察するためには、被殻内にある原形質や被殻外にある粘質の被覆を除去することが必要です。この有機物除去の過程をクリーニングと呼びます。クリーニングには幾つかの方法があります。ここでは代表的なものを紹介しましょう。

8-2-1. パイプユニッシュ法


  最も新しく考案された、ブリーチ法より、さらに強力かつ簡便な方法です。パイプユニッシュの成分はブリーチに水酸化ナトリウム4%と界面活性剤を加えたに過ぎないのですが、有機物(特にタンパク質)をよく溶かす。界面活性剤が入っている割には、界面活性剤入りのブリーチと比べ、あまり泡が立たないため使いやすい。

  実験室に帰ったら、先ずはピペットで遠心管や試験管に少量の採集品を入れます(写真(1)ではプラスチック製のスピッツ管を使用しています)。しばらく静置すると珪藻が沈殿しますので、上澄みを吸い取ります。











その後、市販のパイプ洗浄剤(写真(2)、商品名:パイプユニッシュ、ユニチャーム社製)を試料と同量〜2倍ほど加えます(写真(3))。パイプユニッシュはスーパーなどで容易に購入できます。成分は次亜塩素酸ナトリウム、4%水酸化ナトリウム、界面活性剤と書かれています。
 ピペットで水流を起こし、軽く撹拌したら15〜20分静置します。あまり強く撹拌すると、泡が大量に出てアワてます。途中数回軽く撹拌するのも効果的でしょう。

  時間になったら蒸留水を加え(写真(4))、遠心器を用いて珪藻殻を沈殿させます。(遠心器のない場合は、下記参照。遠心器はモータ式のものでも、手回し式のもの(写真(5))でもかまいません。私は以前はモーター式のものを用いていましたが、手回し式のものは遠心管受けがスイングするため沈殿が完全に管の底に落ちること、手を止めればすぐに回転が止まることなど、便利なことが多いため、最近ではもっぱらこれを利用しています。手回しでも1分も回せば珪藻は完全に下に沈みます。

  次に、上澄みを捨てます。この時、ピペットで吸い出す必要はありません。遠心管を手でもって(写真(6))流しに「ジャーッ」とあければよいのです。沈殿はペレット状になって管の底に張り付いていますから大丈夫です。

  この後、写真(4)から(6)までの操作を3回繰り返しましょう。これにより薬品成分が完全に除去されるはずです。 こうして有機物を含まない珪藻殻が得られます(写真(7))。

  以上のクリーニング方法は、砂や粘土が多い採集品、またシオグサなどの緑藻が多く含まれる採集品を処理したときなどは、強酸を用いる方法と比べると処理能力が劣ります。しかし、多くの試料はこの方法による処理で検鏡が可能です。また海産珪藻試料に直接パイプユニッシュを加えると沈殿が生じることがあります。このような時は、あらかじめ蒸留水に置換してから薬品を加えると、良い結果が出るでしょう。

  長時間珪藻試料を濃いパイプユニッシュ液に漬けておくと、珪藻殻が溶けてしまいます! 以前、3日放置した試料が少々溶けていたことがあります。ただし、20分程度では、電子顕微鏡で見ても全く殻の溶解は認められません。

●参考文献:南雲保(1995)簡単で安全な珪藻被殻の洗浄法.Diatom 10:88.


※遠心器が無い場合

  パイプユニッシュを加え15〜20分静置後、試験管の上の方まで蒸留水をさらに加えパイプユニッシュを希釈します(この時、ピペットの水流で軽くかき混ぜることにより、希釈が効率的におこなわれます)。
 その後、30〜1時間ほど静置し、ピペットで上澄みを取り除きます。さらに蒸留水を加え、静置し、時間がたったら上澄みを取り除きます。
 以上の操作を、合計7回くらい繰り返してください。3回目の希釈からは、半日おきに蒸留水の交換をおこなっても大丈夫です。ただ、1、2回目の希釈では、まだ薬剤濃度が高いため、殻が溶解するおそれがありますので、長時間の静置は禁物です



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8-2-2. その他の方法

(1)硫酸強熱法
 珪藻の入っている懸濁液を試験管に深さ1cmほど取り、2〜3倍量の濃硫酸を加える。懸濁液はなるべく水の量が少なくなるように一度静置させ沈澱したものを使うとよい。ドラフトの中でバーナーで10分ほど加熱し、有機物がすべて炭化し暗褐色〜黒色の液になったら、すかさず硝酸カリウムを薬匙の小さい方で一杯入れる。するとジュッという音と共に炭素が二酸化炭素に変わり液が透明になる。これを冷やした後蒸留水で希釈し、珪藻殻の沈澱後上澄みを捨てる。再び蒸留水を加えこの作業を6〜7回繰り返し、完全に酸を取り除く。この方法は珪藻殻沈澱のために遠沈器を使うと比較的短時間で作業が終わるが、ドラフトが必要なことおよび、熱濃硫酸を扱うため注意が必要である。しかし、有機物を完全に除去でき、しかも硫酸に可溶の多くの無機物も除去できるため、昔から多くの研究者がこの方法、もしくはこれに類似する方法(硫酸の代わりに硝酸を用いる;硫酸処理の後、塩酸を加えて再加熱する;硝酸カリウムの代わりに過酸化水素水をもちいるなど)を用いている。

(2)硫酸−重クロム酸カリウム湯煎法
 前出のクリーニング法と比べるともう少し穏やかな方法である。試験管に深さ1センチほど試料の懸濁液を取り、3〜5倍量の濃硫酸を加え湯煎にかける。30分程たって硫酸が温まり懸濁液が茶色を帯びてきたところで重クロム酸カリウムを薬匙で1〜数杯入れる。薬品量は有機物の量により異なるが、まず1杯入れたら様子を見るのがよい。重クロム酸カリウム中の酸素が硫酸によって炭化された有機物と反応し二酸化炭素になり、液の色は重クロム酸カリウムの橙色ではなく暗緑色になるはずである。暗緑色であればさらに薬品を加える。もし液の色に若干でも黄色みが残っていたなら、それ以上薬品を入れる必要はなくそのまま1時間ほど湯煎を続けた後、蒸留水を加え酸を希釈し、沈澱後上澄みを捨てる。この操作を6〜7回繰り返す。薬品を数杯入れたにもかかわらず、液に黄色みがおきず、さらに薬品自体が完全に溶解せず沈澱してしまった場合も、1〜1.5時間ほど湯煎を続けてみるのがよい。この場合、時間が経ち、なお溶解しない薬品の沈澱があった場合も湯煎をやめ、蒸留水を加えて酸の希釈の過程に入ってよい。沈澱していた薬品が溶解し炭素と反応を続けるので、最終的にクリーニングは遂行されるはずである。この方法は時間がかかるが湯煎の間は湯の量だけ気をつけていれば、あとは放っておいて構わないので忙しい時などは意外と便利な方法である。この方法の難点はクロムを含む排水の処理にある。一般下水にクロムを含んだ排水を流してはいけない。大学など学内に有害廃棄物処理施設がないと、ちょっと無理な方法でもある。

(3)紫外線照射法
 前記2つの方法は強酸を用いる方法であったが、こんどはそれを用いない方法である。これには強力紫外線ランプを持つ装置を使う。珪藻の入っている懸濁液を石英試験管に1cc入れ、30%過酸化水素水を等量加える。石英試験管の口にアルミホイルで蓋をした後、紫外線分解装置に入れ10分ほど紫外線を照射する。照射後、蒸留水を加え珪藻殻を沈澱させた後上澄みを捨てる。この操作を3回ほど繰り返す。この方法は最も短時間で殻の処理ができるほか、被殻の微細構造の破壊がほとんど無いため電子顕微鏡観察のためには最適である。ただ、多量の試料を一度に処理できない。また装置は市販品でないため自作あるいは業者に製作を注文しなければならない。

(4)焼灼法
 以上3つの方法は殻のクリーニングに対し大変有効な方法である。しかしそれぞれ、ドラフト、排水処理、装置という点で誰もがどこでも使えるという方法ではない。そこで次にその点を解決できる方法を紹介する。ひとつは有機物を焼灼してしまう方法である。珪藻の生細胞の入っている低濃度の懸濁液をカバーガラスに滴下しそれを石綿金網に載せバーナーで焼く。有機物が炭化されて黒くなるが、さらに時間をかけ灰が白くなるまで焼く。焼く時間はケースバイケースであるが10分〜30分程度であろう。あまり短いと炭素が残り、火力を強くし過ぎるとカバーガラスが溶けたり曲がったりするので注意が必要である。

(5)ブリーチ撹拌法
 もう一つの方法は家庭用のブリーチ(NaClO:次亜塩素酸ナトリウムの漂白剤)を用いる方法である。1990年に南雲保と小林弘は走査型電顕観察のために一つの被殻の殻と帯片をそれぞれ外す方法を考案した。これにはブリーチが使われ、材料の珪藻被殻は顕微鏡下で取り扱われた。この方法はたいへん優れた方法で筆者も珪藻の電顕試料作成では大いに利用している。この方法を参考に試験管あるいはビーカーの中で大量の珪藻殻をクリーニングすることを工夫してみたので、ここにそれを紹介したい。まず採集した試料と50%に薄めた家庭用ブリーチが1:5になるように容器の中に入れる。2分たったら充分に強く撹拌する。これは被殻の中から原形質を外に出し被殻自体を殻と帯片に分けるためである。その後できるだけ頻繁に撹拌を行い30分たったら蒸留水を加え沈澱させる。時間があれば何回か撹拌しながら1、2日間放置し、その後、蒸留水を加え沈澱させる。このようにすると被殻の外にでた葉緑体がさらに細かく分解し、より良好な結果が得られる。いずれにせよ沈澱が得られたなら、上澄みを捨て再び蒸留水を加える。これを6〜7回繰り返す。この方法は火も強酸も使わない方法であり、薬品も家庭用ブリーチと誰にでも手に入る品物でありとても簡便である。最近の家庭用ブリーチには界面活性剤の入っているものがあるが、これは撹拌の時に泡が立ってしまい具合が悪いので、入っていないものを用意することが必要である。この方法はあくまでも珪藻殻クリーニングの簡便法であって研究用ではない。殻の中から有機物はなくなるが、それが殻の外に散らばってしまうからである。しかし有機物はかなりの小粒子に分解され、蒸留水で希釈中に上澄みと一緒に排除されていくため、思ったよりきれいなプレパラートができあがる。


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